2011年9月10日土曜日

スーパーマーケットのKasza(★)

やっとクラコフでカーシャを食べられた。
でも、あれはポーランドの伝統料理の一つとされているクラコフカーシャではない。クラコフからワルシャワへ遷都した後に、アン女王がクラコフを懐かしがって作らせた女王様のカーシャではない。

 余談になるが、アン女王とアン王妃が同一人物なのか別人なのかが分からなくて困っていたことがある。年代から全く同一人物に違いないのだが、両方の表現があるのが納得できなかったわけだ。王様を婿にとっても、相続した王位は保つ。日本人には一寸分かりにくい制度。しかしこれが納得できて、ヨーロッパの戦争のやりかたがわかったような気がした。男性の王が右側から、女性の王が左側面から攻撃をかける強さのようなもの。領土拡大とソバの関係は・・・直接関係があるわけではないが、それが分からないと、どうもヨーロッパが分からない。
 もっとも、ここに話し始めたソバの好きなアン女王は、きわめて貞淑な王妃様だったとか。

 「カーシャ」と呼ばれるものをそれまで何度も食べてきたが、相も変わらずしっくりしない。ブラブラとクラコフ城外の町を歩きながらスーパーマーケットへ入ってみた。あった、あった!棚にカーシャがずらりと並んでいた。勿論一番先に目に付いたのはソバのカーシャ

 しかし、棚にはオオムギのカーシャも、オートも、豆類、トウモロコシ、勿論コメと、さまざまなカーシャ並んでいた。
 穀類や豆類の殻を取り除いた実をカーシャと呼ぶのだとは、知識では知っていても、なかなか実感がわかない。
 ソバだけでも、重湯ののようなものから、ピラフもケーキも何でもかでも含めて、カーシャと呼ぶ。つまり粉どは違うんだと。

 そこで、「日本はライスカーシャの国なのだ」と結論できて、何やらほっとしたような。
 以前1982年にワルシャワを始めて訪れた時、街を歩き疲れて、超空腹になり、立ち食いの店に寄って「あー、お腹が空いた。ワンワン」といったら、日本人かとたずねて、どんぶり一杯の白米粥を出してくれた。
 銀シャリも、お粥も、雑炊も、小豆粥も七草粥も・・・全部ライスカーシャなんだ。

 そのスーパーでの心残りは、各種のカーシャの写真を撮り忘れたこと。
坊やをからかうのに夢中になってしまって、本業(?)は忘却。


とにかく、ポーランドの子供たちは可愛くて、面白い。










クラコフの散歩はまた後日に致しましょ

2011年9月9日金曜日

気分転換にGRIKA Kaszaの国ポーランドへ(★)

何とまー気まぐれな。
しかし、粉料理ももちろんわからないが、カーシャと言うのが一向に実感を伴わない。ヨーロッパのソバに興味を持って以来、ずーっとカーシャが気にかかって仕方がない。
プラハとクラコフは一寸散歩の距離である。まーいいか。

 空に舞う鳩の群れを見ると、おおポーランドだと感じないではいられない。

世界貿易センター前の広場

この人の集まり方も、お隣のプラハとは一味もふた味も違う


鳩の群れを眺め、鳩と遊ぶ子供たちを見て、満足し、ホテルでカーシャを味わうことにした。

実はそれがなかなか通じない。フロントまで出かけて交渉した。もちろん私のイヌ語のせいも大きいが、ホテルには色々のポーランド料理があるのに、何故単純にソバのカーシャを
注文するのか理解できないと言うわけだ。確かに、道路に並ぶ小さな食堂でも、「今日のお勧めはカーシャ」と読める看板がそこ此処に立ててあった。
「でもねー」とか何とか言ってわざわざ作ってもらったのが、この一皿である・

ソバのカーシャのトマトソース和えのような雰囲気と言えば良いのだろうか。
可能な限りシンプルなのか食べたいと言った結果だろう。



この請求書のおき方に、私は甚く感動して、満足した。







労働者の集まる食堂が、その土地らしく美味しい、最もリーゾナブルな食事を提供していると、私はまるで信仰に近い感じ方をしている。勿論とんでもなく汚かったり、不味かったりの経験も多々。それでもこの信仰は変わらない。
ただ、ジロジロ見られながら入っていくのには、かなりの体力と気力が要る。
クラコフでそれをやれなかったのは、残念至極と言う以外にはない。

次の機会を作ろう。

ところで、カーシャについて何がわかったのか?
私はまだ、ほとんどわからない。

日本でもソバ米と称して、剥き実のソバを売っているが、カーシャとは呼ばない。おしゃれな呼び名の好きないまどきの日本でも。  当たり前だよなー

また明日 

2011年9月7日水曜日

プラハ POHANKA Strudel とKaše z pohanky (★)

何語でタイトルを入れているつもり?
いえね、正式の文章でもなし、自分の奇妙な思い入れをつづり残しておりまして。


2004年にプラハで開催されて国際ソバ研究者連合のシンポジウムのバンケット。もう2年も前に書いた「モラビアのソバ」の続きである。プラハの後は2007には中国の西安で、昨年夏はロシアのアリヨールで開催されたのだから、私のソバ日記のなんと言うのろさなのかと、われながら驚いている。

3年後とのシンポでは、各国それぞれ趣向を凝らせて、ソバ料理のお国自慢を披露する。第9回を引き受けたチェコは、その年の春からEU参加したのだが、EU後発国の国々がソバの栽培にどれほどの期待を寄せていたかは、日を改めて書きたい。その後の10年足らずの間に、世界のソバ事情が激変し、彼らがどんな影響を受けたかも。その間、日本人は美味しいとかまずいとか、ソバ畑が綺麗だとか言って過ごしたことが、世界にどんな痛手を与えていたかも。

とりあえず、美味しそうなソバ料理の紹介を!

テーブルの上はすべてソバの料理 チェコの自慢を見てねーと並べている。


右のStrudel は中に牛肉の薄切り
次は野菜巻きとでも呼ぼうか











レーズン入り


Strudelは18世紀にハプスブルグ帝國の定番料理となったそうだから、
モーツアルトも食べたのかもしれない


(ヤバイヤバイ 入力配置がおかしくなって、文字も写真も逃走中)

テーブルの上にあった料理のもう一つのタイプはカーシャ達



他にもサラダの類やパスタ類があるが、いずれもソバを製粉してから料理するものだから、一応粉系としておこう。

プラハで食べたチェコのソバ料理は、多分もてなし風の料理だろうと気にかかり、最近になって、モラビアの製粉業者が書いたレシピを調べてみた。農村とか家庭料理が知りたかったからである。そして、チェコでは粉系と粒のままのカーシャ系のどちらが多いかに興味があったから。150種類以上のソバのレシピが載っている。粉と粒が3対Ⅰ程度である。

「そうかなー」と、ここでは一応納得しておこう。
チェコはスラブ人の国である。しかし、ドイツに首だけ出したような位置にあり、歴史的にオーストリアの影響が多大だし・・・・・
そうそう、Strudelはトルコからボスニア、クロアチアを経て来たものとも言われる。
大体、POHANKAという言葉も、何やら南がかっているではないか・・?

と、ホントかウソかわからない話で今日は終わろう。



2011年8月24日水曜日

チェコのソバはPOHANKA(★)



失礼致しました。最初にお目見えの左側の写真はチェコのPohankaではなくて、ビールの神様でした。








ボヘミアはビールの美味しい国。


序でに、右はビール工場の地下倉庫での一杯どうぞ。



 そして、ボヘミアは畜産が盛んで、牛肉の美味しい ところ。ビールにあうので、グラージュとかいうハンガリー風シチューも添えておきます。






 やっと今日の最後のチャーハンみたいな写真はソバPohanka料理です・










チェコのソバは何だか不真面目な一回分で終わらせてしまいますが、実はPohankaの話は、チェコにとっても、EUの農業にとっても、いろいろの問題を含んでおりますので、次回以降にゆっくり書かせて頂きましょう。

2011年8月23日火曜日

国名と呼び名の表(少しましかも)

一昨日にアップしたソバの生産地と呼び名の表は、綴りが読めないからと、
一寸工夫したつもりなのですが・・・・
ブログに表を埋め込むのは、初心者の技術とか。ウンウン確かに。
でもねー、その努力が出来ないんですよ。ほかの事がやりたくて



   国名   ソバ

1 アイスランド語 bókhveiti
2 アイルランド語 ruán
3 アゼルバイジャン qarabaşaq yarması
4 アフリカーン シス語 bokwiet
5 アラビア語 الحنطة السوداء
6 アルバニア語 hikërror
7 アルメニア語 հնդկացորեն
8 イタリア語 grano saraceno
9 イディッシュ語 באַקוויט
10 インドネシア語 soba
11 ウエールズ語 wenith yr hydd
12 ウクライナ語 гречка
13 ウルドゥ語
14 エストニア語 tatar
15 オランダ語 boekweit
16 カタロニア語 fajol
17 ガリシア語 trigo sarraceno
18 カンナダ語 ಕಾಡುಗೋಧಿ
19 ギリシア語 φαγόπυρο
20 グジャラート語 buckwheat
21 グルジャ語 წიწიბურა
22 グレオール語(ハイチ) Buckwheat
23 クロアチア語 heljda
24 スエーデン語 bovete
25 スペイン語 alforfón
26 スロバキア語 pohánka
27 スロベニア語 ajda
28 スワヒリ語 Buckwheat
29 セルビア語 хељда
30 タイ語 โซบะ
31 タガログ語 bakwit
32 タミル語 buckwheat
33 チェコ語 pohanka
34 テルグ語 buckwheat
35 デンマーク語 boghvede
36 ドイツ語 Buchweizen
37 トルコ語 karabuğday
38 ノルウエー語 bokhvete
39 バスク語 buckwheat
40 ハンガリー語 hajdina
41 ヒンディ-語 एक प्रकार का अनाज
42 フィンランド語 tattari
43 フランス語 sarrasin
44 ブルガリア語 елда
45 ベトナム語 lúa mạch
46 ヘブライ語 כוסמת
47 ベラルーシ語 грэчка
48 ペルシャ語 گندم سیاه
49 ベンガル語 বাজরা
50 ポーランド語 gryka
51 ポルトガル語 trigo sarraceno
52 マケドニア語 леќата
53 マルタ語 buckwheat
54 マレー語 yg terbuat dr soba
55 ラテン語 Buckwheat
56 ラトビア語 griķi
57 リトアニア語 grikiai
58 ルーマニア語 hrişcă
59 ロシア語 гречиха
60 英語
61 韓国語 메밀
62 中国語(簡体) 荞
63 中国語(繁体) 蕎
64 日本語 ソバ そば 蕎麦

面倒だけれどできそう(ゴメンナサイ単なる練習です)


Pohanková kaše slaná I.
250 g pohanky, 0,5 I vody, 50 -70 g slaniny, 1 cibule, sLil.
Cibuli na slanině zpěníme, přidáme předem namočeno u pohanku, v osolené vodě ji uvedeme do varu a necháme dojít zabalenou v utěrce.
文章はテキストでワードに貼り付けして、コピーし、HTML編集で貼り付け








1 アイスランド語 bókhveiti 33 チェコ語 pohanka
2 アイルランド語 ruán 34 テルグ語 buckwheat
3 アゼルバイジャン qarabaşaq yarması 35 デンマーク語 boghvede
4 アフリカーン シス語 bokwiet 36 ドイツ語 Buchweizen
5 アラビア語 37 トルコ語 karabuğday
6 アルバニア語 hikërror 38 ノルウエー語 bokhvete
7 アルメニア語 հնդկացորեն 39 バスク語 buckwheat
8 イタリア語 grano saraceno 40 ハンガリー語 hajdina
9 イディッシュ語 באַקוויט 41 ヒンディ-語 एक प्रकार का अनाज
10 インドネシア語 soba 42 フィンランド語 tattari
11 ウエールズ語 wenith yr hydd 43 フランス語 sarrasin
12 ウクライナ語 гречка 44 ブルガリア語 елда
13 ウルドゥ語 buckwheat 45 ベトナム語 lúa mạch
14 エストニア語 tatar 46 ヘブライ語 כוסמת
15 オランダ語 boekweit 47 ベラルーシ語 грэчка
16 カタロニア語 fajol 48 ペルシャ語 گندم سیاه
17 ガリシア語 trigo sarraceno 49 ベンガル語 বাজরা
18 カンナダ語 ಕಾಡುಗೋಧಿ 50 ポーランド語 gryka
19 ギリシア語 φαγόπυρο 51 ポルトガル語 trigo sarraceno
20 グジャラート語 buckwheat 52 マケドニア語 леќата
21 グルジャ語 წიწიბურა 53 マルタ語 buckwheat
22 グレオール語(ハイチ) Buckwheat 54 マレー語 yg terbuat dr soba
23 クロアチア語 heljda 55 ラテン語 Buckwheat
24 スエーデン語 bovete 56 ラトビア語 griķi
25 スペイン語 alforfón 57 リトアニア語 grikiai
26 スロバキア語 pohánka 58 ルーマニア語 hrişcă
27 スロベニア語 ajda 59 ロシア語 гречиха
28 スワヒリ語 Buckwheat 60 英語 buckwheat
29 セルビア語 хељда 61 韓国語 메밀
30 タイ語 โซบะ 62 中国語(簡体) 荞
31 タガログ語 bakwit 63 中国語(繁体) 蕎
32 タミル語 buckwheat 64 日本語 蕎麦 そば ソバ

2011年7月17日日曜日

ソバ大全は可能かも(★)

2002年の丁度今頃、真夏のさかりに「そば学大全」のあとがきを書いておりました。それからもう9年も経ちました。その間の日々に何をやってきたのか、今日のタイトルを何故このようにしたのかは、あとで述べさせていただくことに致しまして、あらためて読み直してみたいと思います。
どうかお付き合いくださいませ。

「あとがき」(そば学大全)
 最初に「そば学大全」などと大仰な書名に首をかしげながらもお読みいただいた方々に感謝申し上げます。この書名に私自身も首を傾げ、戸惑っておりますし、口の悪い友人達は「年をとったら恥ずかしげも無くこんな名前をつけるのか」と笑うでしょう。でもそれなりの意図と希望がございますのでそれについては後に述べさせていただきます。
お読みいただきました今、「SOBA」という響きに、麺のそば以外のいろいろなソバ料理があたまをよぎるようにおなり頂けましたでしょうか。畑のソバを見たいと思いながら、そばを召し上がって頂けましたでしょうか。
つるつると啜りこむ日本の麺のそばだけではなく、世界の色々なソバ料理、調理材料として、さらに農地に栽培されている植物のソバの全てを含むものとして、「ソバ」という言葉に市民権をお与え頂けますでしょうか。私はそれを願ってこの本を書きました。日本人がもっと美味しいそばを食べられるようになるためにもそれが不可欠だと考えているのです。
それにしても日本の「そば」についての記載が少ないことを意外に感じられたのではないでしょうか。たしかに私自身もそう思います。一見難しいようでも粉と水と適当なボールと包丁があれば、「そば」は誰にでも打てるものです。けれど私はそれを書きたいとは思いませんでした。
本当の老舗のそば屋の主は毎朝「そばの顔を見て打つ」そうです。これは多分、手と目と舌とあらゆる感覚を使って、つまり全身でそばにふれあい、ソバ粉と語り合いながら打つとの意味ででしょう。そうすることで生産地の状況、収穫方法、収穫後の保存方法、粉なの挽け方などなどがソバ粉の顔に現れてくるとの意味らしいのです。
もう今の日本でこうして老舗の主を喜ばせるソバを供給することは出来なくなってしまっております。仕入れた玄ソバを大切に保存しても、輸入ソバは勿論、国内産を石臼で挽いても、その玄ソバが転換畑のソバならその老舗の主を喜ばせられる顔をしていないでしょう。
その職人気質を私に理解できるとも思えなくて、前に立つのが怖いと感じられてしまいます。けれどソバに市民権を持たせることで、その職人さん達の喜ぶソバを取り戻したいと考えていると申せば、少しはわかってもらえるだろうかとも考えるのです。
大全の前に「学」と入れましたのは、科学の言葉は物事の一つの側面を示すもので、職人気質の生に育てたものを語り得ないとの意味合いなのです。
では「大全」なのですが、辞書によれば「大全」とは十分に完備していること。ある事柄について、もれなく記されている書物となっております。それなのに、まだまだ未完の図書に「大全」とつけたことに理由がないわけではありません。
最近「大全」とついた本が時々みうけられて驚くことがあります。不思議に思い、あちこちの図書館の検索や全国の大学の図書情報を提供している学術情報センターで検索してみますと、「大全」と名のついた本の本の出版年にはちょっとした傾向があって、1900年の前後10年と2000年世紀の終りかはじめ→その理由として考えられること世紀の中間に出ている「大全」まさにその名前にふさわしい書物らしのです。
ソバに関してこの本のように多面的な角度で書いた本は日本にはありませんし、世界的にも存在しておりません。その意味からも、今ソバが一つの曲がり角にあるという意味からも、「大全」とつけるのもいいかも知れないと感じた次第です。
編集の土居さんには大変お世話になりました。
土居さんの学生時代の専攻は私とおなじ作物学でケナフの研究をしていた方と知りました。作物学の研究対象は表面的には色々の栽培作物をどうすれば栽培がうまくできるかとか利用しやすいとかの話なのですが、それらはとりlもなおさず自然と人間のかかわりに関する多様な側面を持っているわけで、若い日々に自然や社会について色々のことを考えながら実験を考えてしまうような日々を過ごすわけです。遠く離れていてこの本を編集していただくまでまるで存じ上げなかった土居さんに、3ヶ月程度で完成できますとお約束しながらもいつまでもモタモタ考えつづけていた私を許してくださったのは、学生の簡単そうな…との…かもしれないと思えます。ありがとうございました。
大全の未来
本物の大全は世紀の半ばに出版されるものだと書きました。これからまだ30年以上 ソバはソバだけの問題ではありません。おなじ畑に植えられるほかの作物との関係も、土の問題も、勿論花粉を運んでくれる虫達、その虫達のねぐらになる植物達・・そして人間の社会のありかたに係わる話です。
この本をお読み頂いて、ソバの市民権に関心をお持ち頂いた方々とともに、いつの日か本物の「ソバ学大全」が書ける日のために歩きつづけたいと考えております。

  (多分要訂正  誤字脱字)

2011年7月12日火曜日

クラウドハックのご本家様

今日は凄かったんですよ。クラウドハックのご本家、小山龍介さんが、「偉そうなことを言ってるけれど、本当はわかっていない(笑)」と、自分の事をつぶやいているのを見つけました。
 確か未だ書いていないと思いますので、一寸だけ説明させて頂きます。
 2月の確か2日に、映画「ソーシャルネットワーク」を、名古屋もミッドランドシアターへ見に行きました。その帰りに立ち寄った本屋に「クラウドハック 小山龍介」が平置きで売っているのをみて、何気なく買いました。目次だけパラパラと見て。後で著者紹介を見ましたら、何と、京大哲学科美術卒ですって。その後でまた、生年が1975年。孫みたいなものですよね。
 孫が可愛いから応援する気になったのだろうとおしやいますか?まさかねー。気に入ったのは、京大の美術なんです。何となく、迷いを隠し持ていそうなところが気に入ったとでも。上手い説明ではないけれど・・・・・・
 
 で、今日のつぶやきの話に戻りまして、「この言い方いいね。暑さがすかーっと飛んでいく気分」と、書いたんです。思いもかけずすぐ返信が来て。「寒い発言を続けています」だってサ。 で、ただ今私は思案中。標準語では馬鹿みたいになんでもない表現なのでしょうが、京都とか、関西の会話なら、随分しゃれた言い回しなのですからネ。

 うーん、何としょうぞ?

2011年7月11日月曜日

鍋の歴史とソバ料理(★)

今日もまた思いつきで、感想のようなものですが・・・


Facebookへの投稿に、ミャンマーのヤンゴンでたこやきを食べた写真の投稿があり、ふと、オランダにたこやき風の鍋があることを思い出しました。それでソバを焼くのです。何やら不意に、ヨーロッパと日本の鋳物鍋の歴史が知りたくなりましって、Twitterに問い合わせ、親切な方が、リツイートして下さって、現在質問は駆け巡り中。
きっかけは何気ない冗談のような話なのですが、ヨーロッパの鍋の系譜を知りたいと思っていたのは以前からなのです。
ヨーロッパにはソバ料理の伝統的な2つの流れがあるとは、以前にも書きました。一つは粉にして、もう一つは粒のままのカーシャ料理です。粉はパンとかパンケーキで、オーブンと鉄板由来の料理(何だか、いい加減な素人っぽい表現ですが)。カーシャは水を加えて煮る段階を含むもの。そうそう、粉にはスープ系がありますから、こちらの鍋はいわゆる鍋Vessrlですよね。
ソバがヨーロッパへ伝播して、大量に食べられるようになったのは、14世紀頃からですから、それほど古い時代を考える必要はなさそうですが、時として考えてしまう事があります。伝播した作物や料理方法が定着するかどうかは、それまでの歴史、それを作り上げた風土に依存するのでしょうから、当然といえば当然の話です。以前オーブンの歴史を調べかけたことがあるのですが、納得するには至りませんでした。やっぱり実感に欠けるとでも言うのでしょうか。そうかなーと、感じる程度でした。
国王や貴族の歴史が主だった今までの歴史感覚のようなものが、食べるとか作るとかの、極めて庶民的な事柄の歴史認識を阻害している・・・この言い方の何と不明確な!単語が並んでいるだけ・・・その内に反省→訂正致します。


追記 7月12日
 オランダのソバは北欧のソバでも一寸違う。
 かなり早く導入されたらしいことと、海から入ってきたような感じ(正に感じ)。
多分、オランダの貿易立国ーと言うのかなー
 もう一度調べてみましょう。資料が手に入るか、いや、残っているのかどうかも解らないが・・・
 

2011年7月10日日曜日

伝統の味?(★)

昨日の「お日様」で、県のお偉いさんに振舞うためにと、精魂傾けてそばを打つシーンが出てました。たしかに、そばは生き物と言い伝えられ、顔を見て打つとも、言われています。でも、根っから庶民の私は「お偉いさん」にひっかってしまいました。勿論、ソバ粉の十分無かった時代ですから、お偉いさんは単に打つチャンスだったに違いありません。だから、現代のそばの見方に残る・・・何と言えば良いのでしょうかしら、「将軍の召し上がった」風の言い方であらわされる、カッコいい食べ物には、どうも承服しかねると言えばよいのでしょか。
 ソバ料理は多種多様で、麺のそば、「そば」は、その一種にしか過ぎません。一番手の込んだもの。手の空いた時、あるいは来客時とか節季とかの特別な時に限られた、よそいきの食べ方です。だったら現在「そば」は、ソバ粉を、一番大切にした料理方法で使っているのだから、文句を言う筋合いは無いではないかと、お叱りを受けそうです。でもねーと言うか、だからこそと言うべきか、私は承服出来ないのです。

雑文を書き殴ることで、ますます自分の感性が鈍るような、それでいて、書き続けることで、少しでもソバの言いたいことに近づけるような。どちらとも解りません。
 とりあえず、やり続けようとしているのでしょうね。人間を支えてくれたソバへの感謝を、何かの形で残すことが出来るだろうと。
 そして、「日本」海外の人々に与えることになってしまった日々への、謝罪とでも言うのでしょうか。それが、単なる感傷では無い形で、表現できるかもしれないとも。 

2011年7月7日木曜日

美味しさを決めるもの(★)

タイトルは後でつけることにして、とに角はじめます。
先程、大笑いして、感激(?)のさめやらぬうちに。
笑ったのは、さる多角経営の社員で、タイでカレー屋を営む人のブログ。笑った内容は、彼が「失恋の痛みの回復方法を教えます」に至る自身の経験を語る手口の、名文と迷文の間。これ自身は、ここに関係が無いので、省かせて頂こう(何たる肩すかし!)。

興味をもってFacebookのお友達申請を送ったのは、タイで日本人がカレー店を営むとは・・・。
最近TVでも時々問題になっている通り、電子部品系統の海外での行き詰まりを打開する一策として、食品系統への期待が高まっている。殊に、アジアの新興国を対象にしたレストランのチェーン店は、私には興味深い・中でも、カレーの国タイで、日本のカレーで勝負を仕掛けている話です。

私は、海外で日本料理を美味しいと思ったことがないので、長期的には成功しそうにないと思えてしまうのです。ゴメンナサイ 出鼻をくじくようなことを申しまして。しかも、海外の滞在期間が長くない人間の言うことです。
ただ、日本でフランス料理を食べても、上等でも、極普通の庶民風でも、フランスの味はしない。その他のどの国の料理も同様です。
例外は中国料理で、どこの国でも一応中国料理風の美味しさを保っている。それはなんじゃろか?
これに対する答えを言ってしまえば、あまりにも簡単で、ウソッポイのですが、世界中に広がった華僑の人々が、(華僑の大群がと言い換えたほうが良い)中国を料理を支えているとでも。中国人が大勢して、中国料理を持ち運んでいるような。空気とか、雰囲気みたいなものを含めて、料理を持ち運ぶ。
だから、どれ程修行を積んでも、一人のシェフでは料理の味は持ち運べないとでも言いたいのでしょうね、私は。

日本の蕎麦は健康食として、欧米でも盛んになりつつあると、よく言われますが、それほど簡単には定着しないだろうと感じてしまうのです。もっともっと多くの日本人が海外へ出て行くことと一緒でなければ、長続きはしないだろうと。

まだまだ未整理で、たとえブログでも公開は出来ない気分ですが、それを気にして何となろう。まー良いや エイヤー

2011年7月5日火曜日

梅雨明けが来たら(★)

前回の硬いパンとソフトなパンの投稿は、書きかけでダウン。


続けようかしらと思いいながら、迷っています。年が年中迷っているんだねと笑われそうですが、全くその通り。



何せ、今年は梅雨がとんでもなく早かったから、そろそろ梅雨明けになるのではないかと。そうなんですよ。ムカシはソバの播種期は、地域によって決まっており、それから20日ばかり後の開花の時期にがグッと冷え込みしかも雨の降らない時期にあたるようにとの計算で決めてきたのです。雨が降ると、花粉を運んでくれるミツバチの働きが出来なくなるし、熱すぎるとめしべの生長がしっかりしなくて、花粉が受け取れないからです。


ところが、いまでは、実を収穫して蕎麦にする昔かrの栽培は勿論続いていますが、他にもいろいろの目的で栽培されています。


ソバ畑のロマンチックなのは、「お日様」でも、十分お感じになりますでしょう。あれを、もっと早い季節、梅雨前にとか、梅雨が明けたらすぐにとか、いろいろの時期に花が咲くように撒くのです。ソバは短い日の長さに反応して、葉芽が花芽に変わるのですが、それが一つの固体でも、畑全部でも、揃いが良いほうが実の収量は大きくなる。日の長さが長いときは、だらだらと咲く。美しくて、花の多いのは、実は実の良く取れる時期より、葉と花の入り乱れた時期で、実の良く取れる時期ではないのです。


こんな話は、また別にとっておきましょう。

2011年7月3日日曜日

ソフトなパンと硬いパン(★)

昨日の朝のTVニュースで、パンが値上がりしたと言っていた。何を今更と、いささか呆れたが、コムギ粉を減らして、ソフトにし、見た目だけは整える方法が限界に来たということだろうと、理解することにしました。
 だって、軽くて可愛いパンの種類ばかり増えて来ていたのですものね。同じ銘柄でも、随分軽くソフトになって来て、最後はどんなパンを作るのかと、何だか心配になり始めておりました。
 日本のパンはマシュマロのよう。

私が始めて硬いパンに出会ったのは、1980年の丁度今頃、ノールウェーのナルビックからオスロへの夜行列車の朝食でした。オープンサンドで、カレー皿の上に、レタスを敷いて、サーモン、キャビア、オリーブ、トマトなどどっさり載せた、そのお皿が硬いパンとでも言えば良いのでしょうか。本当は、上に載っていたものが何だったのかは覚えていません。ただもうびっくりして、これが私の今日の朝食なのかと、無性に惨めになったことだけは覚えているのです、そして、結構高かったことも。別々にすれば、決して高くはない、かなり豪華な朝食なのですが、何せ、ともかく、どうして口に入れれば良いかがまるで解らない。かじりつくにも、かじりつき始める角がない。他の人のやり方を真似しようにも、大柄の北欧男性の胸の辺りしか見えない。その場をどうやり過ごしたか、記憶にありません。
何時ごろから、硬いパンを好きになり始めたのかは、よく解らないのですが、何時のほどにか、硬いパンが好きになり、出切ればオープンサンドをと、探して回るようになっていました。
同じように硬いパンでも、フランスのバケットは一寸違いますよね、あれは皮の部分が硬く、中がやわらかい。北欧のオープンサンドのパンは、外と中の差は殆どなくて、全体にしっかり硬い。随分下手な表現ですが、バケットが中まで皮と同じだったら食べられませんよね。
北欧のオープンサンドと、ドイツ系のかなり硬いパン、フランスパンはコムギの殆ど栽培できない土地、ライ麦の地帯、コムギの十分取れるところのパンと、ここでは大雑把に分けておきましょう。

ここまでパンの固さのことを話していて、なぜタイトルに(★)が付いているのか? (★)はソバの話のはずなのにと、怪訝にお思いになりますでしょう。
実は、ソバの栽培地域はコムギの出来ない寒い土地だということで、大いに関係があるのです。

小休憩にしょうかな、それとも続きは明日になるかしら?

2011年6月26日日曜日

「視座」のような

今の日本の大変な時期に、私の視座とかいって、ソバの話を始めるのは、何だか不真面目なような気がしないわけではありません。でも、こんな時だから、自分の底に何が有るのか。これなら自分の正直な気持ちだから、頑張れるとかを確かめておきたいと思えます。

「蕎麦」という言葉が引き連れてまわる、一種の外出着のようなものが、どうも私には納得出来ないからです。ソバという作物も、ソバを大切にしてきた人々も、それを望んでいないように思えまして。つまり、生物学的にも、歴史的のも、「蕎麦は伝統的な日本の食文化である」といわれる時に含まれる意味は、私の見ているソバちゃんと違うということなのです。
何とまー 奇妙な言い方でしょうね。
でも、私の好みのようなものを先に申し上げておかないと・・・

綺麗な新築の、非の打ち所のないようなお蕎麦屋さんで食べるより
一寸汚い、古ぼけた店で、それも一見頼りなそうなおばあちゃんが打った
半分伸びかけたようなのが、好きなのです。

もとも、蕎麦だけではなくて、定食でも、カレーでも、何でも同じです。

フランスで、星の数の多いお店より、パリの裏町のオニオンスープが食べたいと、短期間の滞在に、観光めぐりは取りやめて、以前にひょっこり入った店を探し回って迷子になったりするのですから。

トルコは美味しい料理が多いところだと思います。ホテルのすぐ前の、落ち着いて食べられるような店でランチをとるのを続けていても、一寸ゆとりが出来ると、少し離れた場所にある労働者の食堂へ出かけてました。ここで「ゆとり」というのは、変な使い方のようなものですが。男達がひしめく労働者の食堂へ一人で入って行くのには、やっぱり一寸勇気が要ります。如何に私でも。

労働する男たちの真ん中へ入って行く時のためらい。これはむしろ海外より国内の方が大きいようです。どちらにしても、ジロジロ見られるのですが、ジロジロの中に、異国人に対する物珍しさが混じっていると考えておく方が、随分気楽だと感じるかあでしょうね。

こんな話は数限りないのですが、それらはさて置くことに致しまして、私が何故そんな目のにたじろぎながらの行動をとるかの話です。私は、ものの美味しさは、命を守るために料理する、極めて原始的なところにあるように感じられて仕方がないからなのです。
あるいは、戦後の日本の食糧不足の中で、美味しい・不味いの言えなかった頃に、染み付いてしまった私の問題かも知れませんが・・

だから、とにかく、ソバの料理も、素朴なもの美味しさも興味も惹かれる。
日本の蕎麦に人生を賭けるとまで言わせる蕎麦文化を築き上げてきた方々に、敬意を払わないわけでは有りません。ただ、私のSOBA日記の中で綴られる数々が、上記のような私の好みとでも申しておきましょうか。その点をご理解頂きたいと存じます。

またまた追記
前半は投稿日、後半は7月2日 なおかつ単なる殴り書き ゴメンナサイ

私の視座(★)

昨日Twitterで、「自分は何か興味の持てないことがあるだろうか」と言うようなことをつぶやいていた人がありました。「何か」と考えて、そこに名前が出てくるのは、何らかの興味があるからなのですよね。楽しくなっちゃいました。


でも、「好き」とか「嫌い」は、どうやら自分の中で区別するような気がします。それも、「その時点」でのと、限った場合かもしれませんが・・・・


理屈っぽい話から始めまして、申し訳ございません。でも、出来る限り、「私はこんなものの見方をするクセがあるようです」と、前置きしておきたいと思えます。


「蕎麦」の話になると、蕎麦は美味しいとか、不味いとかに始まり、打ち方の方法からそれが持つ歴史や哲学に至るまで、長い長いお話がついて回るのをご存知でしょう。例えば蕎麦屋の主に説教されるとか、一緒に食べている人の薀蓄を聞く時が少なくないでしょう。

簡単に言ってしまえば、私は「腹が空いたら何でも旨い」と。でも、それに対して「旨いものは旨いのだ」と主張なさる方も多いと思います。
その極端な例が、食味計。ご飯の美味しさを、コメの化学成分で示そうと始まったものです。開発された当時、何が問題になったかをお話すればきりがありませんので、いつかまたの機会に。
いずれにしても、私は「腹が減ったら何でも旨い」の立場から見ていると、一応ここで宣言(笑)致します。

上の私の立場論も、何やら矛盾があるようにも思えるのですが、
とにかく、「蕎麦」でも「そば」でも「ソバ」でも
その立場で見ていくつもりです。

  「その立場って、なんじゃ。 まるでワカランではないか!」
  「うーん、ごめんなさい。少しづつ、ゆっくり説明させて下さい」
    ね、お願い!!

2011年6月25日土曜日

クラウドハック(3の続)

昨夜就寝前、最後にと開けたページに、素敵な情報が飛び込んでおりました。
クラウドハック(3)に、関係深いものだったから、嬉しくなって、続をつけて書き始めました。ところが、長々と書いて投稿したら、ダメ。記載ページへの移行手段の一段忘れだったのでしょう。

その嬉しい事柄とは
Facebookに「ホテイアオイのサイレージの作り方の情報をお願いします。こちらの回線では、検索に3日程度掛かりそうなので」と、ミャンマーからの農業研究所に駐在中の女性から来ていました。
門外漢の私でも、その情報は日本には少数だろうが、それでもと、先ずはgoogle検索を掛けてみました。単なる物好きが、また一寸と。確かに簡単には見つからす。次はどういう攻め方があるのかなー?と思いながら、ふと発信者のページを開けたら、すでに一つの情報が寄せられていました。
私が探し始めたのは、単なる好奇心。そして、検索程度なら私でも出来ると、検索世代を自認していましたから。正確には「検索まで世代」
ところが、ところが
あっという間に、論文紹介、データーを交えた要旨程度のものが送られていました。やってのけたのは、今の世代。
日本にインターネットが入る少し前、毎日曜日にNiftyで、あることの検索をやっていました。どの程度の期間がかったかかの記憶ははっきりしませんが、ネットに詳しい若者が、電話代その他で200万はかかったでしょうねと言っていました。
それが、今ならだだ同然で、多分1時間以内かも。しかも、集めた情報の整理に必要な労力の必要度の違い。ファイルの変換をいろいろかけて、多分2ヶ月以上必要だった。私は傍で、世の中には根性の座った人もいるものだと、見ているだけでした。

情報伝達の凄さに、ため息が出るほど、楽しいと感じる。
しかし、各種の経路を使いこなせない。
毎日の慣れが、皮膚感覚のように使いこなしを訓練しているのだろうか?
とに角、羨ましい。

だからと言って、世間一般に言われているように、高齢者はダメだと考えているわけではありません。
歳を取っていくのは面白い。確かに、確かに面白い。
この面白さを、クラウド様に説明しながら「私の言うことが解ったら、クラウドはもっと成長するよ」と、囁いているような気もします。

これを聞いたら旧友は「アホカー」と、笑うでしょうね。
   この関西弁は、標準語には翻訳不能かも

2011年6月24日金曜日

クラウドハック(3)

副題・・・
 いえいえそれより 先ずは悲鳴!!!
6日にクラウドハック(2)を書いて、一寸休んだだけですのに、山姥はとんでもない苦労を致しました。今も過去形では書けないのかも知れないと、ビクビクしながらです うーん

苦労の内容は物忘れ  パスワードとかアカウントとかのあれ。
再設定した方がよいとかと、PCが言っているのでやり直し始めたら、
覚えているはずもないほど古いことを、次々質問して来るので、大混乱の極。
その内に腹が立って参りまして、止めた! 勝手にしろ!
まー、何でも良いからと、最初に入れたパスワードを適当に入れたらOK.
  ナンジャ コレ???
あわて者が、入力ミスをしたと言うのが、理性の有る方々見方でしょう。
でもね、そんなまともな見方では生きていられないので御座います。
まー、そんな話は追々に。

おばあちゃんのクラウドハックは、一寸中毒にかかりかけておりまして、
頭を冷やすためには、ソバが良いと、
こちらのブログへ帰らせて頂きました。
そしてソバの前に、どんな中毒症状かをメモしておくのが、わが身のためかと、 思った次第なのですが・・・・・その中毒が半月で、脳を冒したのでしょうかね?
上の書きましたような症状で表れてしまったのでしょうね。

4月始めから始めたTwitterは、前にも書きましたように、140文字を「ため息と愚痴のたれ場」に、「非常時の緊急連絡用」に、ジジババネットを作ろうとの希望でした。
ところが、ところが、国会の野次と怒号と、デモの声が、その傍には申し分なく静かで誠実な研究者達が、さらに横には自然科学を丸ごと切って捨てるような発言をして人気を集めている人がいて・・・・。でも、世の中は良くしたもので、「高校の理科系の勉強さえやっていないくせに、ガタガタ言うな」と思い、それでも言葉を選びかけていたら、あっという間に一刀両断をやってのけた人がいました。もっとも、それは血も出ないほどの切り口だったからか、相変わらす、世の中の批判は続いております。それを教条主義的というのでしょうかねー
そうそう、楽しいことも一杯ありました。ふと開けたら、ブータンの山奥で地質調査をしている人が、「鯖寿司食いたーい」と叫んでおりました。「送ってあげたいね」と、返信したら「有難う。今夜はサンマの缶詰でした」と、返事が来ました。
何だか、最初の目的のジジババネットは遠のいたような気がしないでもないのですが、ゆっくり作り上げたい仕事です。そのための素晴らしい方とお知りあいになれました。だから、私はもういつ安眠しても大丈夫の気分です。
そのご紹介は何れまた。

Facebookの方は、小さな五世帯住宅の様相でして、元気の便りや、いろいろの国から集まってくる写真でごった返しているとでも申しましょうか。ぐんぐん成長する子供達の写真には、誘拐の危険を叫びたくなりますし、おいしそうな料理に生唾が出そうになりますし。勿論ソバの料理も。

これらを見ながら、できる限り外とのリンクは避けたいと考えています。
閉鎖的だとお感じになりますでしょうか?
インターネットが始まって間もない頃、単に名目上ですが、ホームページの管理をしておりまして、外との対応にうんざりだったことがありました。まだ初期だったから、今から思えば随分礼儀正しい使い方だったのですが。
今はもう、リンクが当たり前、正にネットの時代になりました。便利な時代になったと感じないでは居れません。でも、その分だけ、何が起こっているのかわからないような混乱が始まりそうになります。広告でも、サイドバーの時代は過ぎて、時々真ん中が、挨拶もなく使われますもの。
人間に皮膚が必要との気分で、それなりの閉鎖社会を保っていたいと思っています。
こんな書き方をすると、私が仕切っているように受け取られかねないかとも思います。いえいえ、どうしてどうして。私の別宅と呼んでいるFacebookの方の、私は単なるイソロー的一員です。誰かがうかうかしていると、混乱が始まったときには、誰かが犠牲になって止めに掛からないけれど、誰にもその時間のゆとりが無い。
遠いような近いような、静かに流れているような、底で激流が渦巻いているような、不思議な感覚を、改めて感じております。

追記
上の文を投稿してから、ふと以前のものを開いてみました。
何とまー、 ツイッターのタイトルで投稿したのは、丁度去年の今頃
これを長いラグタイムと申せばよいのでしょうか?
のろのろした歩みと申しましょうか それとも
忘れないで帰ってきたのは、エライ というところでしようか?

ここで、「エライ!」と、自分を褒めてやることに致しましょ。
内緒で、小声で、そっと自分に

ナンダ ソレ、
  公道の真ん中での大声ではないか・・・・
いえねー
  今の時代はこういう具合になったんです
  ババも困っとるんですがなー

2011年6月6日月曜日

クラウドハック(2)

クラウドハックを試みますと書いてから、もう1ヶ月半近くなります。その間、何をしていたかを、一寸まとめておきたいと思います。
 と申しても、単にオロオロしていたと書いてしまえばお終いのようなものなのですが・・・・ でも、やっぱり忘れないように。
 facebook に誘ってもらったのが去年の末近くで、本気で使おうと思い始めたのが3月末頃でしょうか。twitterは去年の秋にアカウントをとって、数回ぐらいツイートして休眠中でした。3月末に、ほぼ同時に、本腰を入れ始めたとでも申しましょうか。両方の特徴を知るためにはそれが良かろうと。
 facebookの方は慣れないから、使い方が複雑だとしか思えません。友達が少ないからか、twitterに比べて動き(情報の流れ)がゆっくりしているようにも感じられます。友達をもっと増やせば良いのでしょうが、旧友達は「それは良いだろうね」とは言いますが、極めて消極的。まるで見知らぬ方々では、まだ勇気が出ません。このあたりは、文字表現の可能性と限界として、ゆっくり考えて行きたいと思っています。
 ttwitterは一寸はまっておりました。何せ140文字で、一応文章が基本で、しかも誰をフォローしても良いのですから、初心者のお婆ちゃんには打ってつけ。
さらに、時事問題をブツブツ言う人が沢山いるので、自分の代わりに発言してくれているようなものです。一昨年の今頃、新型肺炎の危険が迫っていた頃に、このブログでブツブツ言いたくなって、テーマを外国のソバの旅に逃げた私としましては、twitterで共感したり、ブラックユーモアを飛ばしている方が、スカーッとします。
 今のところ、双方の、いえ3者の使い道を分けることにしました。
 twitter はジジババネットへの歩みに。つまり日常的には愚痴のたれ場で有事には強力な通信手段となるようなものを目指して。
 facebookはSNSの使い方の世代間差のようなものを実感する場所として。
 このブログは、名前とおりソバの話題を中心に。
 正に、今のところの話でして、まるで心もとない話ですが・・・・

 この1カ月半、クラウドに関連しては、evernote とdropboxを使い始めたのだし、それ以外の生活では、京都の眼科へほぼ毎週通ったし、さらには車の免許更新に認知症のテストも受けたのだから・・・・・まー、良いかってところです。

 でも、こんなことを書いていたら、クラウド様かお日様かに愛想をつかれちゃうかしら?

 
 
 

2011年4月27日水曜日

国の責任

このところ、菅さんは「国の責任で補償します」と、度々言う。それは「納税者に払わせます」の意味でしょ。 だったら、勝手に言わないでよ。 
勝手にいい顔しないでよ!
せめて、カメラの方を向いて、頼りなげに「皆さん これで良いですよね」と、微笑むくらいの挨拶があっても良いのではないですか?



と、ブツブツ言うのが多いからか、民主党はまたまたもめている。




でも、由紀夫ちゃんがお母さまから沢山お金を頂くとしても、震災復旧のための予算が何とかなるわけでなし、



一郎君がチルドレンとその子供達を連れて、瓦礫の撤去に1ヶ月汗水たらしたら、女性達の不人気の解消には少しは役立つかも知れないけれど・・・



あの偽メール事件で、民主党は情報に疎いのか、党の一大事でも協力しようとしない人々の集団なのかと、あきれ果てた。お婆ちゃんでも、もっと巧妙な偽メールがありうると、気付いていたのにねー



確かに菅さんは頼りないし、ドジを繰り返す。



でもねー、グローバル時代の、この島国のあり方を皆で捜し求めて歩くには、あのドジで頼りな気なのは適任かもよ!!



皆、みんなが、それぞれに、明るく伸びやかに、夢を捜し求めて歩くには、政治のカリスマなんか要らないのよね。  きっと。



ただし、国のトップとしての条件が一つある。



   「放射能を垂れ流すことになってごめんなさい。」



   「今しばらく、日本を助けて下さい。」



と、今からでも良いから、世界の人々それぞれに届く形で伝えて欲しい。国の代表に手紙を送るような方法ではなく、ちゃんと、人々に直接届くように。



それは総理大臣の決心一つで出来ること。



菅さん、 今は貴方にしか出来ないこと。









2011年4月23日土曜日

おばあちゃんのクラウドハック

何だか流行り言葉を使って、久しぶりに再開します。


でも、この言葉の意味がわかっているわけではなくて・・・・


「クラウドは、情報をなんでもかでも集めて、ムクムク成長する入道雲のようなもの」 でしょ。ニュースでも、科学の言葉でも、レシピでも、頑固に焦げ付いた鍋磨きでも、何でもかでも、毎日何度となく検索してお世話になっているから、雲の成長速度も何となくわかる。


ハックの意味は色々あるから → ?


   ヤバイ !!  英語で書こうと思ったら、アラビア文字に変換される。しばらくご無沙汰すると、何もかも、わけが解らなくなるよーん。先ほどツイッターを開けたら、新方式に変えたから、登録し直せとか。ゴチャゴチャと、あっちこっち開いていたら、勝手に動き出した。



 私の意味でのハックとは、shrubを切り開いてガサガサと進む時に使う言葉としましょう。


で、今日は終わり