2009年6月2日火曜日

アメリカのソバはBuckwheat (★)

6月2日

今、ここはニューヨーク

ソバを栽培している国で頭文字がAの国は、America以外にも少なくとも、 Austria, Australia, Azerbaijan, Armenia, Albania , Afghanistanなど多くあるのに、何故またアメリカへ?
しかも、「ソバはBuckwheat」と、陳腐な旅の始まりではないかとのご叱責を頂くだろうか。

そう、日本人から見れば、アメリカは輸出国として日本のそばを一時支えて来た国であり、その後は健康食として日本食がもてはやされるようになって、ニューヨークに蕎麦屋が増えたようというようなことが、一番の関心事だろう。

私は少し違う視点から、アメリカのソバを見る第一回にしたいと考えた。
ソバ栽培の伝播は、建国当時ヨーロッパからの移民たちがもたらしたものである。寒さと飢えに苦しんだ彼らの日常を暖めるものとして、ソバ食は大切にされたのだそうである。
詳しい話は次の会に譲ろう。

「Buckwheat」は英語では植物のソバ。その英語がアメリカ語になって「まぶだち」の意味が加わった。
「まぶだち」は友達、親友、ダチ公。

日本でも江戸時代地方から出てきた大工や火消し人夫の簡単な食べ物としてはやり始めたと言われている。まさにダチ公達が田舎を懐かしみながら食べた蕎麦である。
丁度同じ頃、アメリカではヨーロッパからの移民たちがもたらしたソバを食べる仲間としてのダチ公をBuckwheatと呼びあったのだろう。

序に触れると、Dr. Buckwheat、とかペットにBuckwheatの名が結構ある。犬や猫をソバちゃんと呼び、歯医者さんが蕎麦医院と言う次第。こちらは一寸日本的ではないように感じられるが、意外にあるのかも知れない。
とにかく、アメリカのソバは人々に愛されるものとして栽培され続けてきたと言えるだろう。
Buckwheat Zydeco を聴かれたことはあるだろうか? You tube にも試聴コーナーがある。ロックンロールとブルースをベースにしたような、私にも聞き易いものである。何故ソバかと言うと、かれの髪型がソバの実に似ていたから、ソバ君のあだ名になったのだそうだ。

もう一つ、ウエストバージニアには今年が68回目にあたる有名なソバ祭りがある。
かなり大掛かりな農業祭で、豚や牛、ヤギなどの品評会、木工細工、勿論ソバで作ったケーキの展示即売会。さらには消防士の女性・男性のコンテスがあって、女王と王が選ばれるなど、実に盛りだくさんらしい。Buckwheat Zydeco の生演奏も聴けるのだそうだ。
毎年、9月の最後の週に行われるので、今年は9月24日~27日だそうで、その時には再訪して、日本のソバ祭りと比べてみたいと願う。

ところで、このソバ祭りが行われるウエストバージニア州はアパラチア山脈内部に位置している合衆国内で唯一の州であり、すべての地域山岳内にあることから、山岳州(The Mounと愛称が付けられている。まるで信州ではないか。

アメリカのソバ生産は18世紀と19世紀に多く、20世紀になると急速に減少した。1918に4,000平方キロ、1954には600平方キロ、1964年には200平方キロの落ち込み方である。日本がアメリカから輸入をしていたのはこのあたりの頃で、日本の輸入に対する態度が、色々の問題を残したが、それらはまた次に残そう。

現在ソバ畑が広がっているのは、カナダのソバのメッカ、マニトバのウイニペッグを中心とした平野であるが、アメリカのソバ畑もその南に広がっている。

かってに比較すれば減少したとはいえ、広大なソバ畑へ直接行かずに、何故ニューヨークへ来たのかと、疑問に感じられるだろう。

一つには、ヨーロッパからの移民がもたらしたソバの伝統に触れたかったこと。

もう一つは、ニューヨーク州立のコーネル大学のソバの研究者に会うためである。
コーネル大学は世界的にも優秀な大学とされていおり、多くの分野で多彩な研究者を続出しているが、農学も充実した分野とされている。そこの若い研究者が、実験的な研究と農家への普及活動をどのように組み合わせているかを、日本の大学と比較してみたかったから。T. Bjorkman は最初に会った十数年前には、如何にも青白いインテリタイプで恥ずかしがり屋の、笑顔の優しい青年だった。その後、精緻な研究と巨大な畑に応用できる実用研究を両立させながら歩いて来たようだ、彼のボスはソバの低収量性の最大の原因である受精結実の研究の権威であり、私もソバの研究を始めた頃は、彼の研究論文をむさぼり読んだものである。

栽培作物には、植物として世界共通のこともある。農作物としては、その地の自然環境の特殊性の影響が、食べ物としては・・・・そう、共通する問題と特殊な問題を
とりあえず今日はこれで終わろう。

残念なことが一つ
時間がなくて、アメリカのソバ料理が食べられないこと。
健康食品として、新しい食べ方がたくさん開発されて来ているけれど、ヨーロッパの古い伝統的な食べ方がアメリカに残っているだろう。あるいはアメリカへ渡ってから開発された食べ方など。次回は、是非とも探してみよう。

明日は頭文字がBの国。

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