今日は凄かったんですよ。クラウドハックのご本家、小山龍介さんが、「偉そうなことを言ってるけれど、本当はわかっていない(笑)」と、自分の事をつぶやいているのを見つけました。
確か未だ書いていないと思いますので、一寸だけ説明させて頂きます。
2月の確か2日に、映画「ソーシャルネットワーク」を、名古屋もミッドランドシアターへ見に行きました。その帰りに立ち寄った本屋に「クラウドハック 小山龍介」が平置きで売っているのをみて、何気なく買いました。目次だけパラパラと見て。後で著者紹介を見ましたら、何と、京大哲学科美術卒ですって。その後でまた、生年が1975年。孫みたいなものですよね。
孫が可愛いから応援する気になったのだろうとおしやいますか?まさかねー。気に入ったのは、京大の美術なんです。何となく、迷いを隠し持ていそうなところが気に入ったとでも。上手い説明ではないけれど・・・・・・
で、今日のつぶやきの話に戻りまして、「この言い方いいね。暑さがすかーっと飛んでいく気分」と、書いたんです。思いもかけずすぐ返信が来て。「寒い発言を続けています」だってサ。 で、ただ今私は思案中。標準語では馬鹿みたいになんでもない表現なのでしょうが、京都とか、関西の会話なら、随分しゃれた言い回しなのですからネ。
うーん、何としょうぞ?
2011年7月12日火曜日
2011年7月11日月曜日
鍋の歴史とソバ料理(★)
今日もまた思いつきで、感想のようなものですが・・・
Facebookへの投稿に、ミャンマーのヤンゴンでたこやきを食べた写真の投稿があり、ふと、オランダにたこやき風の鍋があることを思い出しました。それでソバを焼くのです。何やら不意に、ヨーロッパと日本の鋳物鍋の歴史が知りたくなりましって、Twitterに問い合わせ、親切な方が、リツイートして下さって、現在質問は駆け巡り中。
きっかけは何気ない冗談のような話なのですが、ヨーロッパの鍋の系譜を知りたいと思っていたのは以前からなのです。
ヨーロッパにはソバ料理の伝統的な2つの流れがあるとは、以前にも書きました。一つは粉にして、もう一つは粒のままのカーシャ料理です。粉はパンとかパンケーキで、オーブンと鉄板由来の料理(何だか、いい加減な素人っぽい表現ですが)。カーシャは水を加えて煮る段階を含むもの。そうそう、粉にはスープ系がありますから、こちらの鍋はいわゆる鍋Vessrlですよね。
ソバがヨーロッパへ伝播して、大量に食べられるようになったのは、14世紀頃からですから、それほど古い時代を考える必要はなさそうですが、時として考えてしまう事があります。伝播した作物や料理方法が定着するかどうかは、それまでの歴史、それを作り上げた風土に依存するのでしょうから、当然といえば当然の話です。以前オーブンの歴史を調べかけたことがあるのですが、納得するには至りませんでした。やっぱり実感に欠けるとでも言うのでしょうか。そうかなーと、感じる程度でした。
国王や貴族の歴史が主だった今までの歴史感覚のようなものが、食べるとか作るとかの、極めて庶民的な事柄の歴史認識を阻害している・・・この言い方の何と不明確な!単語が並んでいるだけ・・・その内に反省→訂正致します。
追記 7月12日
オランダのソバは北欧のソバでも一寸違う。
かなり早く導入されたらしいことと、海から入ってきたような感じ(正に感じ)。
多分、オランダの貿易立国ーと言うのかなー
もう一度調べてみましょう。資料が手に入るか、いや、残っているのかどうかも解らないが・・・
Facebookへの投稿に、ミャンマーのヤンゴンでたこやきを食べた写真の投稿があり、ふと、オランダにたこやき風の鍋があることを思い出しました。それでソバを焼くのです。何やら不意に、ヨーロッパと日本の鋳物鍋の歴史が知りたくなりましって、Twitterに問い合わせ、親切な方が、リツイートして下さって、現在質問は駆け巡り中。
きっかけは何気ない冗談のような話なのですが、ヨーロッパの鍋の系譜を知りたいと思っていたのは以前からなのです。
ヨーロッパにはソバ料理の伝統的な2つの流れがあるとは、以前にも書きました。一つは粉にして、もう一つは粒のままのカーシャ料理です。粉はパンとかパンケーキで、オーブンと鉄板由来の料理(何だか、いい加減な素人っぽい表現ですが)。カーシャは水を加えて煮る段階を含むもの。そうそう、粉にはスープ系がありますから、こちらの鍋はいわゆる鍋Vessrlですよね。
ソバがヨーロッパへ伝播して、大量に食べられるようになったのは、14世紀頃からですから、それほど古い時代を考える必要はなさそうですが、時として考えてしまう事があります。伝播した作物や料理方法が定着するかどうかは、それまでの歴史、それを作り上げた風土に依存するのでしょうから、当然といえば当然の話です。以前オーブンの歴史を調べかけたことがあるのですが、納得するには至りませんでした。やっぱり実感に欠けるとでも言うのでしょうか。そうかなーと、感じる程度でした。
国王や貴族の歴史が主だった今までの歴史感覚のようなものが、食べるとか作るとかの、極めて庶民的な事柄の歴史認識を阻害している・・・この言い方の何と不明確な!単語が並んでいるだけ・・・その内に反省→訂正致します。
追記 7月12日
オランダのソバは北欧のソバでも一寸違う。
かなり早く導入されたらしいことと、海から入ってきたような感じ(正に感じ)。
多分、オランダの貿易立国ーと言うのかなー
もう一度調べてみましょう。資料が手に入るか、いや、残っているのかどうかも解らないが・・・
2011年7月10日日曜日
伝統の味?(★)
昨日の「お日様」で、県のお偉いさんに振舞うためにと、精魂傾けてそばを打つシーンが出てました。たしかに、そばは生き物と言い伝えられ、顔を見て打つとも、言われています。でも、根っから庶民の私は「お偉いさん」にひっかってしまいました。勿論、ソバ粉の十分無かった時代ですから、お偉いさんは単に打つチャンスだったに違いありません。だから、現代のそばの見方に残る・・・何と言えば良いのでしょうかしら、「将軍の召し上がった」風の言い方であらわされる、カッコいい食べ物には、どうも承服しかねると言えばよいのでしょか。
ソバ料理は多種多様で、麺のそば、「そば」は、その一種にしか過ぎません。一番手の込んだもの。手の空いた時、あるいは来客時とか節季とかの特別な時に限られた、よそいきの食べ方です。だったら現在「そば」は、ソバ粉を、一番大切にした料理方法で使っているのだから、文句を言う筋合いは無いではないかと、お叱りを受けそうです。でもねーと言うか、だからこそと言うべきか、私は承服出来ないのです。
雑文を書き殴ることで、ますます自分の感性が鈍るような、それでいて、書き続けることで、少しでもソバの言いたいことに近づけるような。どちらとも解りません。
とりあえず、やり続けようとしているのでしょうね。人間を支えてくれたソバへの感謝を、何かの形で残すことが出来るだろうと。
そして、「日本」海外の人々に与えることになってしまった日々への、謝罪とでも言うのでしょうか。それが、単なる感傷では無い形で、表現できるかもしれないとも。
ソバ料理は多種多様で、麺のそば、「そば」は、その一種にしか過ぎません。一番手の込んだもの。手の空いた時、あるいは来客時とか節季とかの特別な時に限られた、よそいきの食べ方です。だったら現在「そば」は、ソバ粉を、一番大切にした料理方法で使っているのだから、文句を言う筋合いは無いではないかと、お叱りを受けそうです。でもねーと言うか、だからこそと言うべきか、私は承服出来ないのです。
雑文を書き殴ることで、ますます自分の感性が鈍るような、それでいて、書き続けることで、少しでもソバの言いたいことに近づけるような。どちらとも解りません。
とりあえず、やり続けようとしているのでしょうね。人間を支えてくれたソバへの感謝を、何かの形で残すことが出来るだろうと。
そして、「日本」海外の人々に与えることになってしまった日々への、謝罪とでも言うのでしょうか。それが、単なる感傷では無い形で、表現できるかもしれないとも。
2011年7月7日木曜日
美味しさを決めるもの(★)
タイトルは後でつけることにして、とに角はじめます。
先程、大笑いして、感激(?)のさめやらぬうちに。
笑ったのは、さる多角経営の社員で、タイでカレー屋を営む人のブログ。笑った内容は、彼が「失恋の痛みの回復方法を教えます」に至る自身の経験を語る手口の、名文と迷文の間。これ自身は、ここに関係が無いので、省かせて頂こう(何たる肩すかし!)。
興味をもってFacebookのお友達申請を送ったのは、タイで日本人がカレー店を営むとは・・・。
最近TVでも時々問題になっている通り、電子部品系統の海外での行き詰まりを打開する一策として、食品系統への期待が高まっている。殊に、アジアの新興国を対象にしたレストランのチェーン店は、私には興味深い・中でも、カレーの国タイで、日本のカレーで勝負を仕掛けている話です。
私は、海外で日本料理を美味しいと思ったことがないので、長期的には成功しそうにないと思えてしまうのです。ゴメンナサイ 出鼻をくじくようなことを申しまして。しかも、海外の滞在期間が長くない人間の言うことです。
ただ、日本でフランス料理を食べても、上等でも、極普通の庶民風でも、フランスの味はしない。その他のどの国の料理も同様です。
例外は中国料理で、どこの国でも一応中国料理風の美味しさを保っている。それはなんじゃろか?
これに対する答えを言ってしまえば、あまりにも簡単で、ウソッポイのですが、世界中に広がった華僑の人々が、(華僑の大群がと言い換えたほうが良い)中国を料理を支えているとでも。中国人が大勢して、中国料理を持ち運んでいるような。空気とか、雰囲気みたいなものを含めて、料理を持ち運ぶ。
だから、どれ程修行を積んでも、一人のシェフでは料理の味は持ち運べないとでも言いたいのでしょうね、私は。
日本の蕎麦は健康食として、欧米でも盛んになりつつあると、よく言われますが、それほど簡単には定着しないだろうと感じてしまうのです。もっともっと多くの日本人が海外へ出て行くことと一緒でなければ、長続きはしないだろうと。
まだまだ未整理で、たとえブログでも公開は出来ない気分ですが、それを気にして何となろう。まー良いや エイヤー
先程、大笑いして、感激(?)のさめやらぬうちに。
笑ったのは、さる多角経営の社員で、タイでカレー屋を営む人のブログ。笑った内容は、彼が「失恋の痛みの回復方法を教えます」に至る自身の経験を語る手口の、名文と迷文の間。これ自身は、ここに関係が無いので、省かせて頂こう(何たる肩すかし!)。
興味をもってFacebookのお友達申請を送ったのは、タイで日本人がカレー店を営むとは・・・。
最近TVでも時々問題になっている通り、電子部品系統の海外での行き詰まりを打開する一策として、食品系統への期待が高まっている。殊に、アジアの新興国を対象にしたレストランのチェーン店は、私には興味深い・中でも、カレーの国タイで、日本のカレーで勝負を仕掛けている話です。
私は、海外で日本料理を美味しいと思ったことがないので、長期的には成功しそうにないと思えてしまうのです。ゴメンナサイ 出鼻をくじくようなことを申しまして。しかも、海外の滞在期間が長くない人間の言うことです。
ただ、日本でフランス料理を食べても、上等でも、極普通の庶民風でも、フランスの味はしない。その他のどの国の料理も同様です。
例外は中国料理で、どこの国でも一応中国料理風の美味しさを保っている。それはなんじゃろか?
これに対する答えを言ってしまえば、あまりにも簡単で、ウソッポイのですが、世界中に広がった華僑の人々が、(華僑の大群がと言い換えたほうが良い)中国を料理を支えているとでも。中国人が大勢して、中国料理を持ち運んでいるような。空気とか、雰囲気みたいなものを含めて、料理を持ち運ぶ。
だから、どれ程修行を積んでも、一人のシェフでは料理の味は持ち運べないとでも言いたいのでしょうね、私は。
日本の蕎麦は健康食として、欧米でも盛んになりつつあると、よく言われますが、それほど簡単には定着しないだろうと感じてしまうのです。もっともっと多くの日本人が海外へ出て行くことと一緒でなければ、長続きはしないだろうと。
まだまだ未整理で、たとえブログでも公開は出来ない気分ですが、それを気にして何となろう。まー良いや エイヤー
2011年7月5日火曜日
梅雨明けが来たら(★)
前回の硬いパンとソフトなパンの投稿は、書きかけでダウン。
続けようかしらと思いいながら、迷っています。年が年中迷っているんだねと笑われそうですが、全くその通り。
何せ、今年は梅雨がとんでもなく早かったから、そろそろ梅雨明けになるのではないかと。そうなんですよ。ムカシはソバの播種期は、地域によって決まっており、それから20日ばかり後の開花の時期にがグッと冷え込みしかも雨の降らない時期にあたるようにとの計算で決めてきたのです。雨が降ると、花粉を運んでくれるミツバチの働きが出来なくなるし、熱すぎるとめしべの生長がしっかりしなくて、花粉が受け取れないからです。
ところが、いまでは、実を収穫して蕎麦にする昔かrの栽培は勿論続いていますが、他にもいろいろの目的で栽培されています。
ソバ畑のロマンチックなのは、「お日様」でも、十分お感じになりますでしょう。あれを、もっと早い季節、梅雨前にとか、梅雨が明けたらすぐにとか、いろいろの時期に花が咲くように撒くのです。ソバは短い日の長さに反応して、葉芽が花芽に変わるのですが、それが一つの固体でも、畑全部でも、揃いが良いほうが実の収量は大きくなる。日の長さが長いときは、だらだらと咲く。美しくて、花の多いのは、実は実の良く取れる時期より、葉と花の入り乱れた時期で、実の良く取れる時期ではないのです。
こんな話は、また別にとっておきましょう。
続けようかしらと思いいながら、迷っています。年が年中迷っているんだねと笑われそうですが、全くその通り。
何せ、今年は梅雨がとんでもなく早かったから、そろそろ梅雨明けになるのではないかと。そうなんですよ。ムカシはソバの播種期は、地域によって決まっており、それから20日ばかり後の開花の時期にがグッと冷え込みしかも雨の降らない時期にあたるようにとの計算で決めてきたのです。雨が降ると、花粉を運んでくれるミツバチの働きが出来なくなるし、熱すぎるとめしべの生長がしっかりしなくて、花粉が受け取れないからです。
ところが、いまでは、実を収穫して蕎麦にする昔かrの栽培は勿論続いていますが、他にもいろいろの目的で栽培されています。
ソバ畑のロマンチックなのは、「お日様」でも、十分お感じになりますでしょう。あれを、もっと早い季節、梅雨前にとか、梅雨が明けたらすぐにとか、いろいろの時期に花が咲くように撒くのです。ソバは短い日の長さに反応して、葉芽が花芽に変わるのですが、それが一つの固体でも、畑全部でも、揃いが良いほうが実の収量は大きくなる。日の長さが長いときは、だらだらと咲く。美しくて、花の多いのは、実は実の良く取れる時期より、葉と花の入り乱れた時期で、実の良く取れる時期ではないのです。
こんな話は、また別にとっておきましょう。
2011年7月3日日曜日
ソフトなパンと硬いパン(★)
昨日の朝のTVニュースで、パンが値上がりしたと言っていた。何を今更と、いささか呆れたが、コムギ粉を減らして、ソフトにし、見た目だけは整える方法が限界に来たということだろうと、理解することにしました。
だって、軽くて可愛いパンの種類ばかり増えて来ていたのですものね。同じ銘柄でも、随分軽くソフトになって来て、最後はどんなパンを作るのかと、何だか心配になり始めておりました。
日本のパンはマシュマロのよう。
私が始めて硬いパンに出会ったのは、1980年の丁度今頃、ノールウェーのナルビックからオスロへの夜行列車の朝食でした。オープンサンドで、カレー皿の上に、レタスを敷いて、サーモン、キャビア、オリーブ、トマトなどどっさり載せた、そのお皿が硬いパンとでも言えば良いのでしょうか。本当は、上に載っていたものが何だったのかは覚えていません。ただもうびっくりして、これが私の今日の朝食なのかと、無性に惨めになったことだけは覚えているのです、そして、結構高かったことも。別々にすれば、決して高くはない、かなり豪華な朝食なのですが、何せ、ともかく、どうして口に入れれば良いかがまるで解らない。かじりつくにも、かじりつき始める角がない。他の人のやり方を真似しようにも、大柄の北欧男性の胸の辺りしか見えない。その場をどうやり過ごしたか、記憶にありません。
何時ごろから、硬いパンを好きになり始めたのかは、よく解らないのですが、何時のほどにか、硬いパンが好きになり、出切ればオープンサンドをと、探して回るようになっていました。
同じように硬いパンでも、フランスのバケットは一寸違いますよね、あれは皮の部分が硬く、中がやわらかい。北欧のオープンサンドのパンは、外と中の差は殆どなくて、全体にしっかり硬い。随分下手な表現ですが、バケットが中まで皮と同じだったら食べられませんよね。
北欧のオープンサンドと、ドイツ系のかなり硬いパン、フランスパンはコムギの殆ど栽培できない土地、ライ麦の地帯、コムギの十分取れるところのパンと、ここでは大雑把に分けておきましょう。
ここまでパンの固さのことを話していて、なぜタイトルに(★)が付いているのか? (★)はソバの話のはずなのにと、怪訝にお思いになりますでしょう。
実は、ソバの栽培地域はコムギの出来ない寒い土地だということで、大いに関係があるのです。
小休憩にしょうかな、それとも続きは明日になるかしら?
だって、軽くて可愛いパンの種類ばかり増えて来ていたのですものね。同じ銘柄でも、随分軽くソフトになって来て、最後はどんなパンを作るのかと、何だか心配になり始めておりました。
日本のパンはマシュマロのよう。
私が始めて硬いパンに出会ったのは、1980年の丁度今頃、ノールウェーのナルビックからオスロへの夜行列車の朝食でした。オープンサンドで、カレー皿の上に、レタスを敷いて、サーモン、キャビア、オリーブ、トマトなどどっさり載せた、そのお皿が硬いパンとでも言えば良いのでしょうか。本当は、上に載っていたものが何だったのかは覚えていません。ただもうびっくりして、これが私の今日の朝食なのかと、無性に惨めになったことだけは覚えているのです、そして、結構高かったことも。別々にすれば、決して高くはない、かなり豪華な朝食なのですが、何せ、ともかく、どうして口に入れれば良いかがまるで解らない。かじりつくにも、かじりつき始める角がない。他の人のやり方を真似しようにも、大柄の北欧男性の胸の辺りしか見えない。その場をどうやり過ごしたか、記憶にありません。
何時ごろから、硬いパンを好きになり始めたのかは、よく解らないのですが、何時のほどにか、硬いパンが好きになり、出切ればオープンサンドをと、探して回るようになっていました。
同じように硬いパンでも、フランスのバケットは一寸違いますよね、あれは皮の部分が硬く、中がやわらかい。北欧のオープンサンドのパンは、外と中の差は殆どなくて、全体にしっかり硬い。随分下手な表現ですが、バケットが中まで皮と同じだったら食べられませんよね。
北欧のオープンサンドと、ドイツ系のかなり硬いパン、フランスパンはコムギの殆ど栽培できない土地、ライ麦の地帯、コムギの十分取れるところのパンと、ここでは大雑把に分けておきましょう。
ここまでパンの固さのことを話していて、なぜタイトルに(★)が付いているのか? (★)はソバの話のはずなのにと、怪訝にお思いになりますでしょう。
実は、ソバの栽培地域はコムギの出来ない寒い土地だということで、大いに関係があるのです。
小休憩にしょうかな、それとも続きは明日になるかしら?
2011年6月26日日曜日
「視座」のような
今の日本の大変な時期に、私の視座とかいって、ソバの話を始めるのは、何だか不真面目なような気がしないわけではありません。でも、こんな時だから、自分の底に何が有るのか。これなら自分の正直な気持ちだから、頑張れるとかを確かめておきたいと思えます。
「蕎麦」という言葉が引き連れてまわる、一種の外出着のようなものが、どうも私には納得出来ないからです。ソバという作物も、ソバを大切にしてきた人々も、それを望んでいないように思えまして。つまり、生物学的にも、歴史的のも、「蕎麦は伝統的な日本の食文化である」といわれる時に含まれる意味は、私の見ているソバちゃんと違うということなのです。
何とまー 奇妙な言い方でしょうね。
でも、私の好みのようなものを先に申し上げておかないと・・・
綺麗な新築の、非の打ち所のないようなお蕎麦屋さんで食べるより
一寸汚い、古ぼけた店で、それも一見頼りなそうなおばあちゃんが打った
半分伸びかけたようなのが、好きなのです。
もとも、蕎麦だけではなくて、定食でも、カレーでも、何でも同じです。
フランスで、星の数の多いお店より、パリの裏町のオニオンスープが食べたいと、短期間の滞在に、観光めぐりは取りやめて、以前にひょっこり入った店を探し回って迷子になったりするのですから。
トルコは美味しい料理が多いところだと思います。ホテルのすぐ前の、落ち着いて食べられるような店でランチをとるのを続けていても、一寸ゆとりが出来ると、少し離れた場所にある労働者の食堂へ出かけてました。ここで「ゆとり」というのは、変な使い方のようなものですが。男達がひしめく労働者の食堂へ一人で入って行くのには、やっぱり一寸勇気が要ります。如何に私でも。
労働する男たちの真ん中へ入って行く時のためらい。これはむしろ海外より国内の方が大きいようです。どちらにしても、ジロジロ見られるのですが、ジロジロの中に、異国人に対する物珍しさが混じっていると考えておく方が、随分気楽だと感じるかあでしょうね。
こんな話は数限りないのですが、それらはさて置くことに致しまして、私が何故そんな目のにたじろぎながらの行動をとるかの話です。私は、ものの美味しさは、命を守るために料理する、極めて原始的なところにあるように感じられて仕方がないからなのです。
あるいは、戦後の日本の食糧不足の中で、美味しい・不味いの言えなかった頃に、染み付いてしまった私の問題かも知れませんが・・
だから、とにかく、ソバの料理も、素朴なもの美味しさも興味も惹かれる。
日本の蕎麦に人生を賭けるとまで言わせる蕎麦文化を築き上げてきた方々に、敬意を払わないわけでは有りません。ただ、私のSOBA日記の中で綴られる数々が、上記のような私の好みとでも申しておきましょうか。その点をご理解頂きたいと存じます。
またまた追記
前半は投稿日、後半は7月2日 なおかつ単なる殴り書き ゴメンナサイ
「蕎麦」という言葉が引き連れてまわる、一種の外出着のようなものが、どうも私には納得出来ないからです。ソバという作物も、ソバを大切にしてきた人々も、それを望んでいないように思えまして。つまり、生物学的にも、歴史的のも、「蕎麦は伝統的な日本の食文化である」といわれる時に含まれる意味は、私の見ているソバちゃんと違うということなのです。
何とまー 奇妙な言い方でしょうね。
でも、私の好みのようなものを先に申し上げておかないと・・・
綺麗な新築の、非の打ち所のないようなお蕎麦屋さんで食べるより
一寸汚い、古ぼけた店で、それも一見頼りなそうなおばあちゃんが打った
半分伸びかけたようなのが、好きなのです。
もとも、蕎麦だけではなくて、定食でも、カレーでも、何でも同じです。
フランスで、星の数の多いお店より、パリの裏町のオニオンスープが食べたいと、短期間の滞在に、観光めぐりは取りやめて、以前にひょっこり入った店を探し回って迷子になったりするのですから。
トルコは美味しい料理が多いところだと思います。ホテルのすぐ前の、落ち着いて食べられるような店でランチをとるのを続けていても、一寸ゆとりが出来ると、少し離れた場所にある労働者の食堂へ出かけてました。ここで「ゆとり」というのは、変な使い方のようなものですが。男達がひしめく労働者の食堂へ一人で入って行くのには、やっぱり一寸勇気が要ります。如何に私でも。
労働する男たちの真ん中へ入って行く時のためらい。これはむしろ海外より国内の方が大きいようです。どちらにしても、ジロジロ見られるのですが、ジロジロの中に、異国人に対する物珍しさが混じっていると考えておく方が、随分気楽だと感じるかあでしょうね。
こんな話は数限りないのですが、それらはさて置くことに致しまして、私が何故そんな目のにたじろぎながらの行動をとるかの話です。私は、ものの美味しさは、命を守るために料理する、極めて原始的なところにあるように感じられて仕方がないからなのです。
あるいは、戦後の日本の食糧不足の中で、美味しい・不味いの言えなかった頃に、染み付いてしまった私の問題かも知れませんが・・
だから、とにかく、ソバの料理も、素朴なもの美味しさも興味も惹かれる。
日本の蕎麦に人生を賭けるとまで言わせる蕎麦文化を築き上げてきた方々に、敬意を払わないわけでは有りません。ただ、私のSOBA日記の中で綴られる数々が、上記のような私の好みとでも申しておきましょうか。その点をご理解頂きたいと存じます。
またまた追記
前半は投稿日、後半は7月2日 なおかつ単なる殴り書き ゴメンナサイ
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